Ransomware Frontline Report

補遺D 意思決定資料:よくある難問を分解する

V2 | 日本語版 | Full Report

この補遺は、現場で判断が割れやすい論点を、事実、判断基準、避けるべき短絡の順に整理する。個別組織の法務・保険・契約・規制判断を置き換えるものではない。

D.1 「全社ネットワークを止めるべきか」

事実として集める情報

  • 異常は単一端末か、複数のセグメントか。
  • 侵害が疑われるIDは、どの管理面・業務システムにアクセスでき、何を操作できるか。
  • 異常な認証、権限変更、外部通信、データアクセス、保護停止が続いているか。
  • 事業停止により、安全、患者・利用者、契約、社会サービスにどんな直近影響が出るか。
  • 部分隔離、特定IDの停止、外部公開停止、管理経路遮断でどこまで拡大を止められるか。

判断基準

全面停止は拡大を止め得る一方、重要業務・証拠・復旧を損なうことがある。部分隔離は業務を残せる一方、攻撃者の移動を許すおそれがある。正解を事前に一つに固定するのではなく、資産の重要度、到達経路、権限、代替業務、専門家の助言で段階的に決める。

避けるべき短絡

  • 「端末一台だから大丈夫」:IDや管理面を確認しないまま範囲を狭める。
  • 「証拠が必要だから止めない」:実害拡大を放置する。
  • 「止めれば安全」:侵害済みのID、バックアップ、クラウド管理面を見ない。

D.2 「どのバックアップを戻すべきか」

事実として集める情報

  • 最初の侵害兆候、異常認証、設定変更、データ操作の時刻。
  • 各世代のバックアップ作成時刻、保持状態、変更履歴、管理ログ。
  • 復元先の環境が本番侵害から分離されているか。
  • 復元後に必要なID、証明書、DNS、鍵、ライセンス、外部連携。
  • データを失う場合の業務補正手順と許容範囲。

判断基準

最も新しいバックアップが最も安全とは限らない。侵害や改変がいつ始まったか、バックアップ管理面が疑われるか、復元後に検証できるかを合わせて選ぶ。復旧点は技術担当だけで選ばず、失われる業務データの意味を業務責任者と確認する。

避けるべき短絡

  • 「ジョブ成功だから健全」:復元・整合性・削除履歴を確認しない。
  • 「古ければ安全」:業務が戻せないほどデータを失う影響を無視する。
  • 「本番へ戻してから考える」:再侵入・改変・未検証データを持ち込む。

D.3 「データが盗まれたか、どう判断するか」

事実として集める情報

  • 重要データの所在、分類、通常のアクセス・共有経路。
  • 異常なアカウント、権限、検索、圧縮、共有設定、外部転送の記録。
  • クラウド・SaaS・委託先・プロキシ・ネットワークの監査ログ。
  • 攻撃者が提示したサンプルの真偽、公開情報との一致、時刻。
  • ログ欠損、調査不能な領域、保全済み証拠。

判断基準

データ窃取は、暗号化有無だけで判定できない。反対に、攻撃者の主張やサンプルだけで、全範囲の漏えいを確定してはならない。確認済み範囲、合理的に疑われる範囲、未確認範囲を明記し、法務・プライバシー・契約の要件と照合する。

避けるべき短絡

  • 「リークサイトにないから安全」:掲載しない恐喝、未掲載期間、別経路を無視する。
  • 「外部通信がないから安全」:正規SaaS・委託先・暗号化通信を無視する。
  • 「ログがないから漏えいなし」:観測不能と無発生を混同する。

D.4 「復旧済みと発表してよいか」

最低限の確認

観点 確認例
可用性 優先業務が所定の手順で実行できる。
完全性 データ、設定、連携、権限を検収した。
秘密性 確認済み・調査中・未確認の範囲を説明できる。
セキュリティ 侵入経路・悪用ID・管理面の改善または残存リスクを把握した。
監視 復旧後の異常を観測し、対応者が待機している。
対外説明 何を復旧したか、何が調査中か、次の更新時刻を示せる。

「全復旧」は強い言葉である。実際には、限定再開、重要業務復旧、通常運用復帰、調査完了、再発防止完了は別々のマイルストーンになり得る。事実に合う言葉を選ぶ。

D.5 「攻撃者に連絡するか」

攻撃者との連絡は、技術的な問題だけではない。証拠保全、法務・制裁、保険、捜査機関、被害組織の安全、交渉の専門性、対外説明と関係する。CISAは支払いが復旧を保証しないこと、関係機関との連携を検討することを示す。[S01]

このため平時に、誰が連絡権限を持つか、どの情報を渡してよいか、記録をどう保全するか、外部専門家・法務・保険・捜査機関へどうエスカレーションするかを決める。現場の技術者が善意で独自に連絡を始める構造は避ける。